身体拘束はなぜ問題なのか

 身体拘束廃止を実現していく第一歩は、ケアにあたるスタッフのみならず施設・病院等の責任者、職員全体や利用者の家族が、身体拘束の弊害を正確に認識することである。

1 身体拘束がもたらす多くの弊害

身体的弊害

 身体拘束は、まず次のような身体的弊害をもたらす。

  1. 本人の関節の拘縮、筋力の低下といった身体機能の低下や圧迫部位のじょく創の発生などの外的弊害をもたらす。
  2. 食欲の低下、心肺機能や感染症への抵抗力の低下などの内的弊害をもたらす。
  3. 車いすに拘束しているケースでは無理な立ち上がりによる転倒事故、ベッド柵のケースでは乗り越えによる転落事故、さらには抑制具による窒息等の大事故を発生させる危険性すらある。

 このように、本来のケアにおいて追求されるべき「高齢者の機能回復」という目標とまさに正反対の結果を招くおそれがある。

精神的弊害

 身体拘束は精神的にも大きな弊害をもたらす。

  1. 本人に不安や怒り、屈辱、あきらめといった大きな精神的苦痛を与え、そして人間としての尊厳を侵す。
  2. 身体拘束によつて、痴呆がさらに進行し、せん妄の頻発をもたらすおそれもある。
  3. また、本人の家族にも大きな精神的苦痛を与える。自らの親や配偶者が拘束されている姿を見たとき、混乱し、後悔し、そして罪悪惑にさいなまされる家族は多い。
  4. さらに、看護・介儀スタッフも、自らが行うケアに対して誇りを持てなくなり、安易な拘束が士気の低下を招く。
社会的弊害

こうした身体拘束の弊害は、社会的にも大きな問題を含んでいる。身体拘束は、看護・介護スタッフ自身の士気の低下を招くばかりか、介護保険施設等に対する社会的な不信、偏見を引き起こす恐れがある。そして、身体拘束による高齢者の心身機能の低下はその人のQOLを低下させるのみでなく、さらなる医療的処置を生じさせ経済的にも少なからぬ影響をもたらす。

2 拘束が拘束を生む「悪循環」

 身体拘束による「悪循環」を認識する必要がある。痴呆があり体力も弱っている高齢者を拘束すれば、ますます体力は衰え、痴呆が進む。

 その結果、せん妄や転倒などの2次的、3次的な障害が生じ、その対応のために更に拘束を必要とする状況が生み出されるのである。

 最初は「一時的」として始めた身体拘束が、時間の経過とともに、「常時」の拘束となってしまい、そして、場合によっては身体機能の低下とともに高齢者の死期を早める結果にもつながりかねない。

 身体拘束をやめることは、この「悪循環」を逆に、高齢者の自立促進を図る「良い循環」に変えることを意味している。

介護保険指定基準において禁止の対象となる具体的な行為
 介護保険指定基準において禁止の対象となっている行為は、「身体的拘束その他入所者(利用者)の行動を制限する行為」である。具体的には次のような行為が挙げられる。
  1. 徘徊しないように、車いすやいす、ベッドに体幹や四肢をひも等で縛る。
  2. 転落しないように、ベッドに体幹や四肢をひも等で縛る。
  3. 自分で降りられないように、ベッドを柵(サイドレール)で囲む。
  4. 点滴、経管栄養等のチューブを抜かないように、四肢をひも等で縛る。
  5. 点滴、経管栄養等のチューブを抜かないように、又は皮膚をかきむしらないように、手指の機能を制限するミトン型の手袋等をつける。
  6. 車いすやいすからずり落ちたり、立ち上がったりしないように、Y字型抑制帯や腰ベルト、車いすテーブルをつける。
  7. 立ち上がる能力のある人の立ち上がりを妨げるようないすを使用する。
  8. 脱衣やおむつはずしを制限するために、介護衣(つなぎ服)を着せる。
  9. 他人への迷惑行為を防ぐために、ベッドなどに体幹や四肢をひも等で縛る。
  10. 行動を落ち着かせるために、向精神薬を過剰に服用させる。
  11. 自分の意思で開けることのできない居室等に隔離する。

◎ 身体拘束について家族の声
   (「呆け老人をかかえる家族の会」アンケート調査結果より抜粋)

  • アルツハイマーの夫について「点滴をはずしたら困るから両手を縛ってもいいでしようか」と医師に言われ、そうしました。「かわいそうだ」と言ってナースのひとりが自由にしたところ、重ねて縛られていた両手をさすっている夫の姿を見て、思わず泣きました。
  • 私の父は、夫婦部屋に入ったにもかかわらす、4年前に徘徊したばかりに別々にさせられ、何もない4人部屋で車いすのベルトをさせられた。家族がきて職員が「いいですよ」と言わない限り、母のところへも連れて行くこともできず、泣く泣く帰ったことがある。
  • つなぎ服については、私も同じようなことをした経験があるので、介護のひとつの手段として選ばざるを得ないが、亡くなった今は窮屈だったろうと自責の念が残っています。○ 入院当初、家に帰りたがるために入り口を施錠し薬でおとなしくさせるなど、病院に入れて病人をひどくさせたようで淋しく後悔したが、入院を頼んだため、病院のやり方が不満でも致し方なかった。
  • 「治療のため」といいますが、そればかりとは思えません。病院の職員はそれが当然のごとく振る舞い、できれば取り外してあげようという態度は見られません。また点滴なども取り外せないような位置をもっと真剣に考えれば工夫できると思います。
  • (身体拘束禁止は、)人権尊重を考えれば当然と思いますが、働く方々の意識を変えていかなければ、たとえ禁止令が出たとしても、なくなることはないと思います。


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